歌唱の違い~米津玄師 & 宇多田ヒカルの『JANE DOE』
これまで何度も繰り返し聴いている米津玄師 & 宇多田ヒカルの『JANE DOE』を運転する車中で今日も聴きながら、歌唱の違いについて考えていた。 米津さんの歌唱はもう「JUST 現在」である。時間の流れは瞬間の連続とみなすことができるけれど、その瞬間瞬間を最大限生きるかのように技術を発揮する歌い方だと思う。 一方、宇多田ヒカルさんの歌唱には背景・過去といった内部が存在している。今歌いながら、そこには背景や過去からの影響が感じられるのである。それは歌詞の内容がどういった背景や過去の影響の上になりたっているかを感じさせる。あるいは、ヒカルさん自身の背景の影響もあるのかもしれない。 そういった歌唱(歌声・技術)の違いがあるように感じた。米津さんの歌唱は輝ける「点」であり、ヒカルさんの歌唱は過去から続く感情的な「線」である。どちらも魅力的ですよね。