短編小説を書いていた。
母が今の病院に転院し、薬を調整する関係で入院したのが7月21日だった。その日は有休を使って、車で一時間ちょっとのその病院へ母を送った。それからの日々は、いろいろと問題の多い父と二人暮らし。とはいえ、母がいないのでキレたり荒れたりすることはほとんどなくなった(不安症なので、母について、母の入院について、逐一なにか見落としはないかと考えている様子ではあるし、ちょっとプレッシャーがかかることがあるとすぐに混乱し、僕が当たられるという事態になることはある)。不安症で、自己愛性傾向があり(幼少時に両親からあまりかまってもらえなかったことが原因としてあるように見える)、眠れないだとか心が休まらないだとかという燃え尽き症候群でもあるようだ。 「ここには安心して任せられる」という病院や施設がまず見つけられない。金銭的な問題や、介護や看護が行き届くかどうかという問題が大きくある。母には負担の無い生活をいちばん過ごしやすいと本人も言っているこの家で過ごしてもらいたいのだけれど、そのために家で介護を抱えこんで、にっちもさっちもいかない状況になってしまった。域包括に頼ってもあまりに保守的でなにも助けになってもらえない、挙句、父親まで荒れる、僕の体調も悪くなる、打開策はない。ヤスパースが言った「限界状況」にあるようにも思える。 ただ、母が今回転院した病院のスタッフさんたちの雰囲気などはとても好感を持てるものだった。病院としても、先の話にはなるが看取りまでみます、という話にもなっている。これはとても大きい。今後レスパイト入院を頼むことも出てくるが、そのときにおそらくかかる個室料金については、前の病院よりも少し安く済みそうだ。ちなみに、現在の入院は薬の調整で病院側の都合ということなのか、個室料金は病院負担になっている。これが前の病院だったら、そういった場合でも個室料金は当人負担となっていた。 さて。つまりは、いわゆる標準的な一般生活に近づいた日々を僕がひと月ほど暮らせているという話にもつながる。肩の力が緩むのには2週間ほどかかった。今月7日から夏休みにはいり、11日間過ごした。その間、地方競馬で遊んだり録画番組を大量消化しながら、短編小説にもとりかかってみた。書きかけの長編小説があるのだが、これが2月以降ほぼ取りかかっていない。さすがに腕も鈍ってくる。それで、短編小説で腕慣らしを...