一緒にいてはいけないタイプである私の父親
スマートニュースに流れてきたプレジデント・オンラインの記事、「こんな人と一緒にいてはいけない…心療内科医が「警戒せよ」という幸福度を低下させる"危険人物"の見抜き方」( https://president.jp/articles/-/110730 )を読んで、あらためて私が生まれ育ちそして今もなお影響を受け続ける家庭環境の特異さを認識した。ありがたいほどに言語化されている記事だった。引用しながら書いていく。
「精神的に健康な人と結ぶ人間関係の割合を増やすことは、精神的によい。幸福には伝染性があるといわれており、ヘルシーで幸福な人の周囲には幸福な人がいる確率が高い」と記事の序盤にあるのだが、ぐっと踏み込んで考えてみると、「信頼できる人」を見抜けるかどうかがOWN LIFEの質、生きやすさ、幸福感に大きくかかわってくるということになる。「相手が信頼できる人かどうかを見極める」ことはひとつのスキルであり、そのスキルをうまく育めないと信頼できない人とのかかわりを持ち続けるようにもなってしまう。それによって自分を否定したり、責めたりするようになりやすい。なぜなら、信頼できない人とは、責任転嫁をして他者を責めるなど、他者を追いつめる人と見ることもできるからだ。たとえば、「反対に、信用できない人との関係はストレスやトラブルの原因になり、自己不信を強めることにもつながります。」という本記事の見方もそう。興味を持たれた方は、先ほど記したURLをあたってほしい。
さて。世の中には、信頼してはいけない人がいる。それが自らの親だったなら? 実は私の父親はこのタイプ。それならば早いうちに離れてしまえばいい、とお思いになるでしょう。しかしながら、要介護の母親を放っておけず、かといって父親から離れてしまっては経済的になりたたないほど初期の頃に人生を賭けてしまったため、信頼してはいけないタイプの父親とずっと暮らしていくはめになっている。
記事には【信頼できる人を見極めるチェックリスト】が載っている。
【言行一致しているか】
その人の発言と行動が一致しているかどうか。
→ 父親はいわゆる「ジキルとハイド」の性質がある。外と内で使い分けるのもあるが、内にいるときでも気分でころころ変わり、矛盾だらけになる。町内会を脱会するときにもめて、「町の人権委員に話をしてくる」とでかけていったが、家族の人権を考えずに攻撃し暴力を振るうのもまた父親だ。
【困難な状況での態度】
逆境やストレスがかかったときにどんな対応をするか。
→ 父親は問題に対して自分がやろうとはするが、暴力がともなう。恩を売り、他者のせいにして、自分は1ミリも悪いとは思わない。それを責めると屁理屈を言ったり、無視したりして逃げる。自分だけが被害者、それも世の中でいちばん悲劇のなかにいる、という態でいる。
【人の悪口や陰口を言わないか】
その場にいない人の悪口を頻繁に言う人は、あなたのいない場であなたの悪口を言っているおそれが大きい。
→ このあたりはだんだん露骨になってきた。家族を悪く言い、バカにしてばかりいる。不安障害で神経質なので、細かいところをつついてわざわざ悪口の種を見いだしたりしている。
【他者への態度が一貫しているか】
目上の人と目下の人とで接する態度が変わっていないかなど、他者への態度が一貫したものか。たとえば、店員に対して横柄な態度をとる人は、あなたにも立場次第で同じ態度をとる可能性がある。相手によってコロコロ態度が変わる人は、容易に信用できない。
→ ここはとても警戒している風だ。若い人を少し甘く見る風はある。
【他者の成功を素直によろこべるか】
嫉妬やねたみを表に出していないか。友人や同僚の成功に対して、心から祝福できるか。「でもさ……」「それって運がよかっただけじゃない?」など、成功をけなす人には要注意。
→ これは私自身もあるが、羨ましいと思ってそれが顔に出る。まだまだ運命・自分の人生を引き受けられていない。
【自分の過ちを認められるか】
間違いを素直に認め、謝罪できる人かどうか。言い訳ばかりで謝らない人は、信頼に値しない。自分の間違いを認める勇気があるか、そこから修正する努力をしているかどうかを見る。
→ 言い訳をして逃げる。けっして自分が悪いとは言わない。これは、母の担当医(精神科)に父が言われた言葉がきっかけになっているように私には見えている。それは、「家庭の外で、友人にでも愚痴をこぼしていかないともたないよ」という一言。この言葉をきっかけに、愚痴をこぼせる友人らしい友人のいない父は、私に1時間、2時間と愚痴をこぼすようになり、私が嫌がるようになったり反論したりするようになると母のいる前でも愚痴や文句をこぼすようになっていった。そうしているうちに、自己愛性が増していったように見える。愚痴や文句を言い続けるうちに、自分が悪いと言わなくなっていき、いまや自分はまったく悪いところはない、と信じ込みながら不機嫌でいる。ちなみに、件の担当医は一度、父を対立して口論になり、それから機会を設けてあれやこれやと言い合ったことがある人だった。
【利用目的で近づいていないか】
関係が一方的でないかを見る。何かを求めるときだけ連絡してくる人や、自分にとって得があるときだけ親しくしようとするといった人は要注意。ギブ&テイクのバランスがとれているかを見極める。「この人が自分にやさしくしてくれるのは、どういう目的だろうか」を注意深く判断する。
→ 自分の不安が原因なのだが、「金がかかるから」という理由でヘルパーやデイサービスを使わない。そして、私にそれらを担わせてきた。
【共感力があるか】
他者の気持ちを想像し、配慮できる人かどうかを見る。自分の話ばかりするのではなく、相手の話もきちんと聞いているか。目の前の人が困っているときに、手を差し伸べる姿勢がある人かどうかをよく見極める。
→ 父親は基本的に、他者の気持ちがわからない人で自分がかわいくてしょうがない人だ。だから、怒鳴り声や暴言で母親や私の体調が悪くなってもそれが自分が原因だとはわからない。
【短期間で信用を求めすぎないか】
知り合って間もないのに、「特別な関係」をつくろうとしていないかどうかを見る。初対面から「親友」「家族みたいな存在」と言う人は要警戒。短期間で深い話を引き出そうとする人も、操作的(人を操ろうとするタイプ)な可能性がある。
→ こういう人はけっこういるけれども、父親の場合は、介護をわかってほしくて深い話をしあおうとするところがある、と私は見ていた。「操作的」というのは当てはまる。
【感情のコントロールができているか】
怒りやストレスに対する反応が極端ではないかを見る。ちょっとしたことで怒りを爆発させる人、すぐ感情的になる人は要注意。逆に不自然に感情を抑えすぎる人も、何かを隠していることがある。ストレスフルや困難な状況でも、冷静さを保てるかを観察する。
→ これはもう、すぐに怒る。瞬間湯沸かし器である。一言目から激怒しているし、「死ね」「殺すぞ」などの暴言もよく吐く。
【自分の価値観を押しつけないか】
他人の意見や価値観を尊重できる人かどうかを見る。「ふつう、こうだよね?」と価値観を押しつけてこないか。反対意見に対しても、その意見を認めつつ、冷静に議論できる人は信頼できる。人のプライバシーや境界(バウンダリー)を尊重できる人かを見る。
→ 自分の考え方を押しつけることしか基本的にやらないほど。他人を信用していないし、自分の考えでやるのが一番安心で、一番合っていると考えているふうだ。反対意見は否定するし、きちんとした理屈なのに屁理屈だと一蹴する。金銭についてもプライバシーについても踏み込んでくるが、反撃をくらうことに臆病なところも見受けられてそれが少しブレーキになってもいる。
【人の時間を尊重できるか】
相手の時間を軽視していないかを見る。いつも遅刻する人とか、ドタキャンが多い人は要注意。人の都合を考えずに、突然のお願いを押しつける人も警戒が必要。逆に時間を守り、適切なタイミングで連絡できる人は信用できる。
→ 私の予定に父親の予定がかぶると、父親は自分の予定を優先させるのがデフォルトなので、私はいつからか負けじと自分の予定を優先させるべく躍起になる癖がついてしまった。それとは別に、職場の上司に電話して文句を言うなどこちらの都合を考えないところがある。外出先に到着した矢先、電話が鳴り「母親の調子が悪いから帰ってこい」と帰させられて、帰宅するとそれほどでもない、というのは数十回ある。
【変化に対して柔軟であるか】
状況の変化に対応できるかを見る。何かが計画通りにいかなかったとき、すぐにパニックになったり、かたくなに変化を拒絶するような態度をとったりしていないか。変化に適応し、前向きに対応できる人とは、長期的な信頼関係を築きやすい。
→ これはもうすぐにパニックになるし、適応できない。
【罪悪感を利用していないか】
こちらの罪悪感や良心につけ込んでくる人かどうかを見る。「あなたのため」と言いながらプレッシャーをかけてきたり、「せっかく○○してあげたのに……」などと恩を押しつけてきたりする人は要注意。相手の罪悪感を利用して、自分の思い通りに他者を動かそうとする人は非常に危険。
→「おまえのためなんだぞ」と言いながら、自分の考えを押しつける。自分が安心したいだけ、というのが昔から。
【情報や他人の評価を操作していないか】
事実を都合よくゆがめたり、他人の評価をコントロールしようとしたりしていないかを見る。都合の悪い情報を隠したり、ゆがめたり、あるいは噂や他人の失敗を誇張するなどして、印象を操作しようとしていないか。自分の責任を回避するために、別の人を悪者にしようとしていないか。「みんなもそう思っているよ」と言って、周囲の意見を捏造していないか。
→言葉足らずにしたり、ウソをついたり、曖昧な部分を四捨五入みたいに0か100かにして、相手の外聞をコントロールするというのをよくやっている。とくに私についてはそればかりで、私の人格は歪められて伝えられている。
ほぼ満点なのがうちの父親だ。
まあ、父親のことばかり書いたけれど、母親は母親でまた自己中だし、私が小さい頃には冷たい仕打ちをされたことが何度もある。なぜ私がそれでも実家にいるのか、というのはまず若い頃に体調をひどく崩したためなのが大きい(それはそれで家族が原因だったりする)。それからは、家族療法をしたかったのだと思う。意図は同じだ。家族が回復すると、私も回復できるからだ。両親には、少しでも内省してもらって変わって欲しかったのだ。
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